- 2011/03/15 21:29
- Recommendations:現代美術コース
いま何をするべきか?学生は?教員、スタッフは?不謹慎かもしれないが、ぼくには絶好のチャンスに思える。教員であるぼくはこのときを待っていた。そう、圧倒的な知識を書物をもってみんなを啓蒙、普及できるからだ。先に言っておくと、どうしてこんなこと(原発事故!)になったかというと答えは簡単で、現代人が、あまりにも、イモだからにすぎない。感性が腐っているというか、根性が曲がっているというか。この感性のイモぶりが、こんな事態を引き起こした。科学と技術そのものは潔白だ。そう、それにかかわる現代のニンゲンの感性がバカバカしいくらい下劣なだけなのだ。
では、どんな感性になれば、いいのか?そいつは、さっきNEWSに書いておいたのでみてほしい。ぼくらは、手を動かしてモノをつくる、そんときの手にもう一つの手の感性を構築しつつ、すこしばかり頭脳を鍛えればいいだけだ。
とはいえ、ぼくが提示したmanuality というのには、はっきり言って、ものすごい背景がある。だから、簡単には伝えにくい。ぼくらのmanualityという感性の根源にかかわる議論には、参照すべき書物の山は瓜生山10個はあると思う(!?)。読破するのはほんとに大変だと思う。でも、ぼくは勉強しました。ぼくみたいな、便利な先生の存在価値もあるかもしれない。なにしろ、ぼくの専門は、むかし、海洋学だったわけでだけど、その海は、原発の炉に押し込んだ海水でもあったから。卒論にはそういう論文を書いた。ぼくの先生連中には鼻の先で笑われたけど、いま、ぼくの示した現実がホントになったから、当時、ぼくを笑った先生たちは、ぜったい、ぼくに合わせる顔はないはずだ。ここに大事な問題がある。そう、テレビで解説とかやっている連中は、御用学者ってことで、やっぱり、原発推進派で国の忠実な僕(しもべ)なのだ。怒られるけど。忠犬なんだよね。だから、ぼくみたいな、バリバリの本気の反原発論者は人間じゃないような扱いだった。そう、長い歴史に、このような、対立があります。それでも、ぼくは、反原発主義者にもかかわらず、現場を見るために、建設省で、自然破壊に汲みしてた時期もあるわけだけど、とうとう、それを止めたとたん、弱者の仲間になってしまいました。
いろいろ話したいけど、時間切れ。続きはまたにして、これ。
興味ある人は、勉強会が始まったので、
dougane@gmail.com に。
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京都造形芸術大学 芸術学部 美術工芸学科































