- 2010/11/13 22:54
- Blog:写真コース
秋が深まってきましたが、夏の旅の報告はまだ続きます。
フランス北部、ノルマンディー県からノール・パ・ド・カレ県にかけては第1次世界大戦および第2次世界大戦の激戦地でした。一見穏やかな農村風景が広がっていますが、今でもそこここに戦争遺構や兵士の墓地が残り、不発弾も見つかります。
1940年代、ナチス・ドイツによる占領下では、ドーバー海峡を隔てたイギリスからの連合軍の攻撃に備えて、鉄筋コンクリート製のバンカーや基地が数多く建設されました。ほとんどは撤去されることなく、今も戦争の記憶をとどめるモニュメントとして残されています。
今回訪ねたのはノール・パ・ド・カレ県、ベルギーとの国境に近いサン・トメール市近くにあるナチス・ドイツの2つの巨大な遺構「ブロックハウス」と「クーポール」です。
1943年、不利になっていく戦局を打開するため、総統アドルフ・ヒトラー(1889‐1945)は、それまで極秘で開発を進めていたV2計画を実行に移す決断を下します。V2とは報復兵器第2号(Vergeltungswaffe 2)の略で、液体燃料ロケットによる世界初の弾道ミサイルです。全長14m、重さ12トン、エタノール(アルコール)と液化酸素を燃料とし、時速5700キロで宇宙空間を飛行してくるので、連合軍の兵器では迎撃できません。ヒトラーは、ナチス・ドイツの技術力の結晶ともいえるこの兵器によってロンドンを壊滅させ、大戦を終結させようと考えたのです。
森の中に突然巨人の棺桶のように出現する「ブロックハウス」は1943年春、V2の発射基地として建設が始まりました。全長75m、高さ33m、まさにその名のとおりのコンクリートのブロック。大きなお墓です。息をを飲んだまま、一瞬凍ります。
近代建築の造形に革命を起こしたコンクリート。それが100年もたたないうちに巨大な死の装置になっている。
日本の建築ではあたりまえのコンクリート打ちっぱなしを嫌がるフランス人は多いけれど、記憶のどこかでつながっているのかもしれません。
さて、対するイギリスも高解像度の航空写真を使った綿密な偵察活動によって、V2計画を察知し、1943年夏から大規模な爆撃を開始します。「ブロックハウス」は完成を見ずして爆撃を受けたため、燃料である液化酸素の工場に急遽変更されました。そして、15キロ南の採石場に新たな発射基地として建設されたのが「クーポール」です。
これはもうどう形容すればいいのか。直径70メートル、高さ42メートル、厚さ5メートルのドームを持つコンクリートの怪物。
丘の斜面からのぞいているのはドームのほんの一部で、基地のほとんどの部分は地下に隠されています。崖下のトンネルから部品や燃料が鉄道によって運び込まれ、ドームの下に広がる六角形の地下空間でV2の組み立てと発射準備が行われました。200キロ離れたロンドンに向けて、24時間で50機のペースでV2が発射される計画でしたが、1944年春からの連合軍による爆撃のため発射台はついに完成せず、1944年9月に始まったV2による攻撃にはすべて移動式の発射台が使われました。
大戦はもはや終局を迎えており、V2計画はヒトラーが望んだ成果をもたらすことはありませんでした。
ロンドンとアントワープを中心に3200機が発射され、1万人を超える犠牲者を出したものの、基地やミサイルの建設現場で強制労働をさせられた民間人や捕虜の犠牲者は、それをはるかに上回るものだったといいます。
最後に、V2計画の中心人物だった天才科学者、ヴェルナー・フォン・ブラウン(1912-1977)について。
ナチス・ドイツ降伏後は戦勝国の間でV2の技術の争奪戦になりますが、アメリカに引き渡されたフォン・ブラウンは、ナチス党員であったにかかわらず裁判にかけられることもなく、100機あまりのV2とともにアメリカに渡り米国籍を与えられます。そして冷戦下では米軍のミサイル開発、さらにはNASAおいてアポロ計画を指揮します。
1969年、サターン5号によって人類は初めて月に足跡を残しますが、宇宙開発における大きな一歩を実現したのは実はナチス・ドイツの頭脳であったのですね。V2は兵器そのものとしては(ありがたいことに)決定的な働きはなかったけれど、ガガーリンの「地球は青かった」という言葉も含めて、私たちの脳内の記憶やイメージに大きなインパクトを残すことになったといえるでしょう(ソ連もナチス・ドイツの科学者をたくさん連れ帰った)。
「クーポール」は戦後長く廃墟化していましたが、現在見事なミュージアムに生まれ変わっています。下はカタログの表紙ですが、ロトチェンコ展見た人、ビビッとくるものがありませんか?(O)
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京都造形芸術大学 芸術学部 美術工芸学科




































